「スマホネイティブ世代の行方」

情報基盤センター

中國 真教

 

米国での在外研究から戻り、1年ぶりに日本の学生と接したことで思うことがある。それはリテラシーの低さである。かつてリテラシーとは読解記述力を指していたのであるが、現在はあらゆる分野でその言葉が用いられ、その例として、情報リテラシーやインターネット・リテラシー、コンピュータ・リテラシーなどがあげられる。最近特に愕然としたことは、日本の学生のコンピュータ・リテラシーの低さである。情報リテラシーとコンピュータ・リテラシーは明確に区別されていないが、ここでは、前者は「情報を活用する能力」、後者は「パソコンなどのコンピュータを操作する能力」を指すものとして話を進める。

 

米国では多くの学生がパソコンを持参して大学へ通い、授業中もパソコンを開き、パソコン上でノートをとる学生もいる。一部の高校生はパソコンを学校へ持参している。私が滞在していたネバダ州ラスベガスでは、公立中学校においてはChromebookと呼ばれる安価なパソコンが生徒全員に無償で貸与され、生徒はそれを授業や宿題で活用し、そのパソコンを用いて宿題を提出する。地域によっては小学生もパソコンを用いて学校の宿題に取り組み、宿題の提出をメールで受ける学校も存在する。彼らがどこでどのようにしてコンピュータ・リテラシーを高めているのか不明であるが、高いリテラシーを備えていることは間違いない。

 

日本へ目を向けると、多くの家庭ではパソコンを所有し、日本の学生にとってもパソコンは身近な存在と言える。しかし彼らは、パソコンよりもスマートフォンを活用する機会が多い。そのためか、ワープロソフトや表計算ソフトの基本的な操作法を知らなかったり、Web上からダウンロードしたファイルがパソコン上のどこに保存されたのかを把握することすらできなかったりする。さらにはキーボードの文字配列を記憶していない学生も存在する。目の前にパソコンがあっても、調べ物はスマートフォンを使うという学生は少なくない。彼ら曰く「スマホの方が使い慣れているから」とのこと。まさに「スマホネイティブ世代」である。しかし、彼らの多くがスマートフォンを高度に使いこなしているというわけではない。

 

最近の日本における教育では、パソコンなどのコンピュータを操作する能力よりも社会に溢れる情報を活用する能力の向上を重視する動きがよく見られる。しかし、コンピュータの操作方法をある程度修得できていなければ、情報を活用する能力を高めることは難しいのではないだろうか?昨今のAIの急速な発展を見ていると、コンピュータ・リテラシーを高める教育は将来的には不要になるのかもしれないが、そのような時代が到来するのはもう少し先の話である。このような課題に直面する今、スマホネイティブ世代が迷走しないよう、小学校・中学校・高校を巻き込みながら、コンピュータ・リテラシー教育の再考が必要ではないだろうか?