虚構の共有

人文学部

古賀 恵介

 

最近は、仮想現実(Virtual Reality, VR)の技術が随分と進んでいる。ちょっと前までは、パソコンでやるゲームにある程度のリアリティを持たせるだけの技術だったのが、実際の人間の身体の動きとVRを融合させながら、仮想の世界を本当に体験しているかのような処理ができるようになって、医療技術などにも応用されているようである。VRというのは、このように実際には存在しない物や状況をそこに存在する「かのように」感じさせる技術のことだが、実は、人類はこれに近いことを既に数万年もの間やってきた、ということを皆さんは御存じだろうか?


詳しい話は省略するが、人間は想像力の獲得を通じて、ありとあらゆる種類の生き物・道具・建物・風景や、それらを含む物語(例えば、神話など)を創り出すことができるようになった。これらは、人間の想像の世界にしか存在しないという意味で、虚構であると言える。しかし、人間は、同じ虚構を集団の中で広く共有することにより、それがあたかも実際に存在する「かのように」行動できるようになったのである。虚構は、一個人の頭の中だけにある間は単なる妄想でしかないが、多くの人々がそれを共有し、それが存在する「かのように」振る舞うようになれば、一種の現実といってもよいような存在となる。


神話や宗教は言わずもがな、国家や貨幣、および関連する社会的な制度や観念(法律や企業、国家や国民、人権・平等・自由など)は、すべて共有された虚構である。このような過激でエキサイティングな主張のもとに人類史の全体像を語る興味深い本を最近読んだ。『サピエンス全史 上・下』(ユヴァル・ノア・ハラリ著)である。著者の主張の中心をかなり強引にまとめてみると、この虚構の共有能力を通じて、人間(の一部集団)が、近親者をはるかに超える範囲の大集団を組織し、農業革命から大規模国家創出を経て、科学革命・産業革命を主導することで、世界的レベルの高度文明化を推し進めた、というものである。


こう言うと、何だか著者は「文明化万歳!」の能天気な主張を繰り広げているだけのように見えるが、決してそうではないことは、この書を実際に読んで皆さんの目で確かめていただきたい。歴史における進歩とは何か、人間の幸福とはいかなることか、高度に発達し過ぎてしまったかに見える科学技術を今後どう扱っていけばいいのか、こういった問題についても、膨大な事実に裏付けられた正に「目からウロコ」の主張が聞けるはずである。文系・理系を問わず、お薦めの書である。